牛乳が好きだった私は、誕生日に乳牛を一頭もらった。
牛の下に潜り込み、思うままに乳をむさぼり飲む。満腹すれば微睡む。なんと幸せなことか。初めはそう思っていた。
しかしそんな生活は長くは続かなかった。飲んで、寝て、飲んで、寝て、私の体は牛と変わらないほどに膨張した。ひと部屋で牛と暮らすのが窮屈になってきた。牛を外に連れ出そうとしたが、なかなか牛は動こうとしない。困った困ったと言いつつも、面倒くささに勝てずにいるうちに、しまいには、部屋がみっしり牛と私でいっぱいになった。もう私にはなすすべもない。
牛と押し合いながら、ただ乳を飲み、眠り、膨らむ。なお部屋は狭くなる。苦しい。苦しい。誰か助けてくれ。

救い主はある日突然やってきた。
インターホンが響くと、それまでは乳を出す以外ぴくりともしなかった牛が、耳をピンと張り目を輝かせて、勢いよく部屋のドアを突き破って隣家に突進していった。
ドアのあった所に立つ隣人が、私の顔を見て我に返り、引きつった愛想笑いをした。
「あの、隣に越してきた、善光寺と申しますが…」
助かった。本当に助かった。神か仏かと崇めたい気分だ。牛もそうだったに違いない。

~牛に引かれて善光寺詣り~